2012年12月25日火曜日

東京国際2012今

先日の東京国際を聞いて技術力に差が無くなってくると日本的な節回しに違和感を感じました。
2年前に濁りがある(消音をしていない)まま演奏している邦人が多くいましたが、そうした方は昨年から本選に残ることができなくなりました。

そして今回はリズムに関して、西洋音楽のリズム原理法則からずれた演奏があり、国内のクラシック音楽に対する認識の遅れを再度感じました。

スペイン音楽はクラシック音楽という分野から見ると独特なので、セオリー通りにはいきません。むしろ民族音楽の分野に入ると思われます。その為、アルゼンチン音楽もそうですが、譜面どおりに演奏しても上手くいきません。またその逆もしかり。民族的感覚の節回し(歌わせ方)でバロック・古典・ロマン派音楽(ダウランド、バッハ、モーツアルト、ベートーベン、シューベルトなど)に取り組むと、微妙にまったりしたり、急に早くなったりします。

しかし、クラシック音楽の歴史の浅い私たちは普段その「ずれ」が気になりません。むしろその「ずれ」が好まれる傾向があります。それゆえ国内コンクールではそうしたことが身についていなくても入賞してしまいます。もちろんコンサートでも問題になりません。しかし、海外の音大を卒業し、他の国際コンクールの優勝経験を持つ人が集うような本選会になると、リズムに敏感な審査員(指揮者、作曲家や現代音楽を良く演奏する人等々・・・)には気付かれてしまいます。むしろ素直に(カラオケのように)一定のテンポで音符を刻んだ方が良い結果に繋がります。

実は19歳でフランスに留学し、23才で家内と知り合い、まだフランス語が拙かった家内の為にピアノレッスンに通訳同行したときに、このリズムの原理を知りました。もちろんギターの先生からはそうした話を聞いたことがありませんでした。目から鱗で、しばらくはなにを言っているのか?意味がわかりませんでしたが、数回レッスンを同行する内に「なるほど!」と理解できるようになりました
しかしその時は、このようなことを意識しながら演奏することは出来ないと思いました。

その後、少しずつギターの練習方法の中に取り入れていきましたが、帰国後、いろいろな人と接していく中、このリズムの取り方は、誰でもがそのことを教わっているとは限らないということを知りました。ソルフェージュとして教わるものでもありませんので、未だに知らない方も多いです。音楽を感覚的でどちらかというと文系であると思っている方が多いようなので厄介な問題です。
クラシック音楽は、実は理数系が基盤であってその上に感性を乗せていきます。それまでは、勉学が必要です。感性だけでは、いつか行き詰ってしまいます。

今回そうした「リズムに音符を乗せる」、プロとしての基本が出来ている人はフランス人の彼でした。が、演奏というパフォーマンスは総合的なものなので、人を惹き付けるものが優先されます。
これが専門家としての基本な事柄で出来ていても混在している日本では評価されません。
残念なことですが・・・それが、今という時代です。

フランス人の彼が、多くの審査員や聴衆に魅力を伝える為には、西洋的なアプローチだけでは流れ過ぎてしまいますのでトゥリーナは、もっと暗さが必要です。彼の音色は、常に明るいものでした。セビィーリャは、フラメンコのリズムですからもっと強いアクセントや低音を「ズン」と目立たせる必要があります。

品の良いのびやかなものだけでなく、セゴビアやジョンウイリアムズの演奏を良く耳にしている世代には物足りなさを感じてしまいます。しかし将来どのように成長していかれるか?大変興味が湧きました。今後の活動に期待をします。

そしてますます国際化していく中で、少しずつ(例えば語学の面でも、日本語英語からネイティブ英語に切り替わってきたように)西洋音楽のネイティブに基づいて、日本人の長所を伸ばしていってほしいと思います。




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